
くも膜下出血と脳の構造
くも膜下出血とは
「くも膜下出血」は死の危険性が高い病気として大変知名度が高い疾患である。
しかし、「では、発現しやすい症状と病気の原因、ハイリスク群とされる人の特徴をできるだけ具体的に示してください」と切り返された時に、すらすらと答えられる方は、一体どれぐらいおられるであろうか。
答えられなくとも、ご安心頂きたい。
自分にあまり縁のない病気についてすらすら答えられる人はあまりいない。
病気など縁起の悪い物にはできるだけ関わりたくないと言うのが皆のホンネだろう。
病気になって初めて人は病気のことを知るのである。
くも膜下出血とは、外部からの衝撃による血管の損傷や、脳動脈瘤、脳静脈奇形のナイダス(血管が入り組んで塊になった部位。
脆く出血しやすい)等血管の脆いところが破れ出血しその血液が脳の組織を圧迫してしまう疾患である。
くも膜とは、あまり見になれぬ語だが脳を覆う脳膜の外側からふたつめに存在する層のこと。
その下の軟膜とくも膜を繋ぐ小柱(しょうちゅう)と言う組織の発達の仕方がくもの巣に見た目が似ていることから名づけられた。
英語ではarachnoid materと綴る。
本来、蜘蛛はspiderだが、arachnoidと綴っているのは、ラテン語の表現が混じっているためだ。
神罰でクモにされたアラクネ(ダンテの『神曲』にも出てくる)と言う機織りの名人の名に由来した表現である。
小柱によって軟膜とくも膜の間に出来た隙間がくも膜下腔であり、出血によってあふれ出した血液はここに溜まって脳の機能を阻害してしまう。
脳出血とはどんな状態か
私達の脳を覆っている骨格を脳頭蓋(または保護円蓋)と呼ぶ。
脳頭蓋の骨はひとつの骨でできているのではなく8つの骨が複雑に入り組んで、結合している。
大人の頭蓋骨は骨と骨がしっかり組み合わさって強靭だが、生まれたての乳児の骨は、未熟で成長していないので、組織と組織の結合が緩く隙間があり、柔らかいそうだ。
頭蓋内は、骨格によって閉鎖(血管や神経が通る穴はあるが)された空間であると言える。
この閉鎖空間において、何らかの理由、例えば、外傷による衝撃、潜在的に発生していた脳動脈瘤もしくは脳静脈奇形の破裂によって出血が起きると、あふれ出た血液は行き場を無くし、組織と組織の隙間に溜まり、周辺組織を圧迫するようになる。
今、血液の流出を「あふれ出た」と表現したが、少し前までは、頭蓋内もしくは脳の出血を「溢」と言う字をあて、脳溢血と呼んでいた。
しかし、現在の医学用語では、脳出血と呼ぶように改められている。
脳出血は、通常、脳の内部で起きた出血の事を示しくも膜、硬膜等外縁部で出血したものと区別することも多い。
しかし、医学知識のない人にとってはくも膜下出血と言う名称より、脳出血と言う語彙の方が、一見してどのような病気か理解しやすい。
脳から出血する病気だと言うことがすぐにわかるからだ。
そのためか、くも膜下出血、硬膜外血腫(急性、慢性問わず)、出血性脳梗塞も脳出血として紹介されることが多い。
この原稿はそれに倣ったが、いずれの疾患にしても、命に関わる病気だと言うことに変わりがない。
脳の「膜」とは
私たちの生理反応は、脳と脊髄が司っていると言われている。
思考、感情、記憶などは脳に依存する部分が大きいが、熱い鍋に手が触れたら熱いと認識する前に手がピュッと引っ込むと言った咄嗟の動き等運動の面では脊髄が大きな役割を果たす。
因みに、脳をそれにつながる脊髄のような系統だてた中枢神経系を持っているのは原則脊椎動物と昆虫(と言っても哺乳類と構造が違う)等1部の動物のみで、脳と呼べるものがない動物もいる。
その場合は神経がある程度集まった神経節、神経叢等で生体の反応が司られる。
私たちの生活で身近で分かりやすいのはイカの星状神経節であると言われているので、調理の時などに確認してみて頂きたい。
高度な情報処理をし、私たちの生命維持に大きく関わる脳と脊髄は各々3つの層で覆われている。
脳を覆うものは、脳膜、脊髄を覆うものは脊髄膜と呼ばれる。
中枢神経系を覆う膜と言う意味でひとくくりにして、脳脊髄膜と呼ぶこともある。また、ただ単に髄膜と呼ぶ人もいる。
脳膜は、先ほども書いたが、3つの層の重なりによって構成されている。
骨に近い方から、硬膜、今回のメインテーマであるくも膜、そして、脳に接している軟膜となる。
脳膜が関わる疾患としては、くも膜下出血、硬膜外血腫、脳膜炎などがある。
脳膜炎はまた、髄膜炎と呼ばれることもあるが、感染性の疾患で細菌やウイルスが原因になる。
また、髄膜腫と言う脳腫瘍の1種は、最初は脳膜に発生し、徐々に病巣を広げていくと言われており、早期発見早期治療が必要な病気である。
血管とくも膜下出血
くも膜下出血の原因としてよく指摘されるのが脳動脈瘤の存在だ。
脳動脈瘤は、文字通り脳の動脈がこぶ状に膨らむ病変である。
この動脈瘤、数センチ単位と大きなものになると、それ自体が周辺の組織に圧力をかけ、頭痛その他の症状が出ることがあると言われている。
しかし、脳動脈瘤のうち、微小なものは症状が何も出ず破裂してくも膜下出血その他の脳血管障害が表に現れるまで、気が付かれないことも多いと言われている。
動脈瘤になった血管は他の血管より耐久性が低く、少しの刺激で避けてしまいやすい。
その病変自体が怖いと言うよりも、病変によって引き起こされる疾患が怖い病気である。
これは、静脈にナイダスと呼ばれる血管の塊ができ、それが破れてくも膜下出血を引き起こす脳静脈奇形にもいえることだ。
自分の頭蓋の中で、脳出血の予兆が起こっていると思うとぞっとしない話だが、脳動脈瘤や脳静脈奇形は、どちらかと言うと先天的要素によって発生する病変だと言われている。
規模が小さければ、破裂さえしなければ日常生活を普通に遅れるそうなので、何かの拍子に見つかっても慌てないでほしい。
外科処置(脳動脈瘤の場合、クリッピング術、コイル塞栓術と言った手術で、こぶになった部分に血流がいかないようにし、破裂を防ぐ処置をすることもある。
血管が破断しやすいか否かと言う特質は、個人の体質による部分もあるが、加齢や間違った生活習慣による動脈硬化などでも血管の柔軟性が失われることも多い。
心当たりがある方は脳ドッグに行くことをお勧めする。
くも膜下出血の原因
くも膜下出血は、頭蓋内で起きた出血によって血液がくも膜と脳、正確には尿に癒着している軟膜との間に溜まり、周辺組織を圧迫して、その機能を低下、もしくは組織自体を壊死させてしまう病気である。
別項でご紹介申し上げる頭痛や、嘔吐、意識障害など諸々の症状は、この圧迫によって生じる物である。
では、この圧迫を生じさせる出血はどのような原因で誘発されるのであろうか。
一般的に、くも膜下出血の原因は頭蓋の外側からくるものと、内側からくるものがある。
外側からくるものは、転倒、落下、打撲などによって脳の組織に衝撃が加えられる外傷性のものだ。
内側からくる原因のうち、特に有名なものは、脳動脈瘤そして比較的若い人に多いとされている脳静脈奇形(このふたつは前項「血管とくも膜下出血」にて記述済み)である。
外傷性のものでない限り、くも膜下出血が誘発されやすいか否かはその人の血管の状態によって左右されると言われている。
脳動脈瘤は血管壁が弱い部分に出来やすいと言われている。
血管壁が弱いと言うことを言い換えると、血管が破断し出血しやすいと言うことになる。
白血病、紫斑病など易出血性のある病気の人はくも膜下出血になるリスクが他の人より高いと言われている。
鼻血がすぐ出る、あざ(内出血)ができやすいと言う出血傾向の自覚がある人は、少し注意が必要なようだ。
また、高血圧の人は血流によって血管が強く圧されるため、高血圧ではない人よりも脳血管障害のリスクが高いと言われているのでできる限り正常な血圧の維持をすることが必要不可欠である。
脳卒中とくも膜下出血
くも膜下出血とは、脳の疾患のひとつに数えられる病気である。
しかし、「脳」と言う文字がつく疾患は沢山ある。
脳溢血、脳出血、脳梗塞、脳腫瘍、脳動脈瘤、脳貧血。
そして脳卒中。
字面がややこしすぎて、何が何だか分からなくなってきたが、聡明な方は、こう思われたのではないか。
「あれれ、ダブってるよ」と。
そう、今挙げた疾患の名はいくつか重複しているところがあるのだ。
まず、脳溢血は脳出血の古い呼び方。
同一の病気をさす名だ。
次に脳卒中は正式な疾患名ではなく、「突如」起る脳梗塞、脳内出血、くも膜下出血を含む、脳の血管に問題が起きて生ずる疾患の総称だ。
医学者は脳卒中とは呼ばず、脳血管障害と呼んでいる。
前の文脈で突如と言う文字をかぎかっこで囲ったが、同じ脳血管障害でも、徐々に進行していく慢性型の疾患(たとえば慢性硬膜外血腫等)は脳卒中とは呼ばれない。
今まで健康だった人が突然倒れるのが卒中と言うわけである。
卒中と言うと、「はげにがんなし、白髪に卒中なし」と言うことわざが思い浮かぶ方もおられるかもしれない。
現実にこのことわざの信憑性を研究している医学者もいるようだが、これはホルモンバランスや食生活の問題でどちらかと言うとこういう傾向がある、と言う話にすぎない。
髪の状態に関わらず、発作は起きるときには起きる。
大切なのは、常日頃の科学的な予防と、いざと言う時の迅速な処置であることは言うまでもない。