
くも膜下出血のほんとのところ
目次
くも膜下出血は、ものすごく痛い?
くも膜下出血の症状のひとつに頭痛があることは既にご紹介した。
では、その頭痛どれぐらい痛むのだろうか。
よく、立っていられないぐらい激しい頭痛がすると言われるが、これは本当なのだろうか。
結論から先に言えば、この噂は半分は正解。そして半分は誤解。
これは、くも膜下出血に限らずすべての脳疾患に言えることであるが、脳に何らかの物理的な異常、くも膜下出血の場合は血管の断裂による出血、が起きると、周辺の組織が圧迫され痛みが生じる。
ここで覚えておかねばならないことは、脳自体には痛覚が殆どないと言うことだ。
これは筆者が大学の授業で習った事だが、脳の働きを見るために猿を開頭し、脳に電極の針を刺し、その状態で猿にバナナを渡すとむしゃむしゃ食べ始めると言う。
異常が内部で起っている場合、痛みが出ないこともある。
くも膜下出血は痛覚のある外縁部で起きる物なので、頭痛と言う症状が出るのだが、出血の量によっては、日常生活で感じる程度の頭痛しか起らないこともある。
よって、強い頭痛だから、脳疾患を疑うと言う考え方をするのは少し危険なことかもしれない。
痛みの程度は問わず、冷たい物の飲食や感染症の罹患等原因に思いあたることが無いのに、
突然始まる頭痛、
それと同時に呂律が回らなくなる、
意識がもうろうとすると言った症状がある場合、
すぐさま脳神経外科を受診してほしい。
迷ったら即119番(搬送の必要があるか否かは、オペレーターが判断してくれる)へ。
くも膜下出血、音がするって本当?
くも膜下出血をはじめとする脳出血(古い呼び方は脳溢血)の体験談で、よく言われるのが、血管の切れる音がすると言う噂話である。
この噂の真偽を調べてみると、次のような結果になった。
出血の原因が脳動脈瘤が破断したものであった場合、出血の際音がすることは実際にあり得ることなのだそうだ。
ただし、くも膜下出血のすべてが音と共に起きるわけではない。
音がするほどの発作である場合、重度化して危険な状態であることが多いと言われている。
よって、くも膜下出血か否かを判ずるときに、音の有無に依存して判断することは危険なことである。
つまり音が聞こえてしまってから対処をしたのでは遅すぎると言う事なのだ。
読者の皆様に今少しお考えいただきたいが、もしご自分が、激しい頭痛や、悪心、意識がもうろうとすると言った状態に陥ったとしたら、傍にいた人に「もしかしたらくも膜下出血かもしれない」と冷静に切り出せるであろうか。
およそ無理な話だろう。とても音どころではないはずだ。
病気と言うものはひとつの症状だけではなく、複数の症状が集まって成り立つ物である。
医師と言う専門家はこの症状と症状とのつながりを視野に入れ、患者の病気を「解読」する。
素人が生半可な知識を取り入れて、「自分はこの病気」「これがないからこの病気じゃない」と思うのは誤謬のもとである。
もし、ご自分や家族がくも膜下出血かもしれないと言う不安を抱えておられるのならば、即刻受診なさることを強くお勧めする。
受診してみてなんでもなかったらその方がよいのだから。
くも膜下出血は、死ぬ病気って本当?
脳は、私達の精神機能、及び肉体の全活動を統制する特殊な器官である。
同じように重要だとされる肝臓や腎臓は、移植手術(技術面、倫理面のの問題をクリアすれば)が可能であるが、脳ばかりは移植できない。
脳はその人のあり方を決定づける物だからである。
大事な器官であるだけに、脳については様々な不安が付きまとう。
その代表的なものが本項の表題にあげた脳の病気イコール死ぬ病気と言う図式である。
くも膜下出血の致死率は他の疾患に比べて高く、30パーセントとも40パーセントとも言われている。
意識障害(別項参照されたし)によって呼びかけへの応答が無くなった患者の生存率は特に低いとされている。
ただし、これで安易に死ぬ確率が高い病気だと合点なさらないでいただきたい。
この致死率と言う数字には、くも膜下出血で亡くなったと思しき突然死した人達も含まれているからだ。
わが国では、かかりつけ医の診察を受けずに亡くなった人を監察医が変死扱いとして、検死する制度が整えられている。
くも膜下出血で亡くなった人の髄液には血液が微妙に含まれていることがあり監察医はそれをもとに諸死亡診断書の所見を書く。
軽症のうちは症状が軽いか、無症状で大きな発作が起きた時は突然死になりやすい病気だから致死率が高くなるのは当然なのだ。
くも膜下出血ばかりでなく、すべての脳疾患は発症したときに適切な処置が行われれば、助かる確率がぐっと高くなると言われている。
これを読んでおられる方の咄嗟の判断が相手の命を救う日が来るかもしれない。
くも膜下出血の手術は大がかり?
くも膜下手術が起きた場合、外科処置によってくも膜下腔に溜まった血液を取り除き、脳内部の圧力を下げなければならない。
実は、脳の圧力を外科処置によって下げる、もしくは頭蓋内に出来た血腫を取り除く手術は比較的古くからおこなわれており、ペルーのアンデス文明の遺跡から穿孔された頭蓋骨(手術ではなく儀式だったと言う説もあるが)と青銅器の手術道具が発見されている。
もっとも、この手法は、現代の医学にはあまり影響を与えてはいない。
私たちがいま受けているのはヨーロッパで育ったヒポクラテス来の医学に基づく医療であるからだ。
くも膜下出血の手術が、どれぐらい大がかりになるかは、出血の量や、破裂せずに残っている動脈瘤の数によって異なるそうだ。
もし、大きな動脈瘤がある場合トラッピング術(別項「くも膜下出血の手術」で記述)など、新しい血管を作る手術をしなければいけないこともある。
くも膜下出血の手術自体は平均して3から8時間で終わることが多いそうだ。
参考までに記しておくと、心臓付近に動脈瘤ができた場合の手術時間は7時間ほどだそうだ。
これらが長いか、短いかは別にして、手術を受ける際には、本人ないしその意を汲んだ家族が、執刀医のする術前説明をきちんと聞き、衷心から納得した上で手術に臨むことが大切である。
素人にも分かりやすく手術法のメリットとデメリットを解説してくれる医師に執刀してもらうように心がけたい。
不安な場合は(それが可能な状況ならば)セカンドオピニオンを取るとよい。
くも膜下出血は、遺伝する病気?
読者の皆様は心気症と言う病名を聞いたことが無いだろうか。
これは、医学的な所見には何ら異常が認められないのに、自分は大変な病気だと思い込み、現実にも症状が出る心の疾患だと言われている。
発症するきっかけは人それぞれだが、肉親の死をきっかけに発症することも多い。
近しい人を亡くした悲しみの中に、もしかしたら自分もそうなるかもしれないと言う不安がないまぜになって、体に影響を与える。
思い込みの対象になる疾患は様々だが、がん、心臓病等命に関わる病気であることが多いようである。
「おやじががんで亡くなったから、自分もがんかも」と言う話はよく聞くのではないか。
この理論を裏付け、後押ししているのが「遺伝」神話だ。
この文章を読んでおられる方の中にも、ご家族がくも膜下出血ないし、脳の疾患で亡くなる、そこまでいかずとも大変な療養生活をおくっておられる方がいらっしゃるかもしれない。
脳疾患が遺伝したらどうしようと不安になっておられないだろうか。
現実にはくも膜下出血はそれなりの高い確率で受け継がれると言われている疾患である。
ただし、くも膜下出血自体が受け継がれるのではなく、少しの刺激で出血してしまう血管壁の弱さ、出血のしやすさが遺伝すると考えられている。
親御さんや祖父母方が脳出血で亡くなっていたとしても、脳出血を引き起こすような行動をとらないようにしたり、検査を定期的に受けるようにすれば、自分は発作が起こらない公算も高いのである。
くも膜下出血は、性差があるって本当?
昭和47年に男女雇用機会均等法が施行されて、早数十年。
今や女性の方が男性よりもたくましいのではないかと思えるぐらいに「男女平等」は浸透(1部の職種ではまだ頑固に残っているが)した。
「男だから」「女だから」と言う発言を公の場で言おうものならば盛大なバッシングを受けることだろう。
しかし、その「平等」が通用しない事柄もある。
そのひとつが病気だ。どんなに意識を改革しても物理的な問題は解決しない。
男性がかかりやすい病気、女性がかかりやすい病気があるのは歴然とした事実であり、また、当たり前のことなのだ。
くも膜下出血はどちらかと言うと女性の方がなりやすい病気だと言われている。
比率にすると、男性1に対して女性2程度。
女性の方がリスクが高いとされている。
もう少し詳しい情報をお伝えすると、男女の別による患者数の違いは若いうちはそれほど大きな開きがなく、加齢とともに(60代が目安)顕著になると言われているのである。
しかし、何故女性の方がくも膜下出血に罹患しやすいのかを裏付ける明確な答えは出ていない。
因みに、よく知られている脳梗塞は、男性の方がかかりやすい病気だと言われている。
絶対に女性にしか起きない現象がふたつある。
月経による出血と妊娠だ。
徒に読者を怖がらせるのは本意ではないが、妊娠中は血圧が上がりやすく血管壁に圧力がかかる。
もし、妊娠した人が脳動脈瘤をもっていた場合、何かの拍子に破裂するリスクがあるそうだ。
若いからと安心せず、普段から血圧コントロールとまめな健診をしておくのが賢明なようである。